Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール | 2022年03月10日
ウクライナ紛争におけるインドの利害
Image: Lev Radin/Shutterstock
この記事は、2022年2月28日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。
国連安全保障理事会は2月25日、ロシアのウクライナ侵攻を非難するとともに攻撃停止と部隊撤退を求める決議案の採決を行った。米国とアルバニアが共同で提出した決議に対し、15の理事国のうち11カ国が賛成票を投じた。しかし、拒否権を行使できる常任理事国であるロシア(折しも2月の理事会議長国)による唯一の反対票によって否決された。棄権したのは、中国、インド、アラブ首長国連邦の3カ国であった。
中国の棄権は、西側の代表団にとって喜ばしい驚きとなった。張軍(ザン・ジュン)国連大使は、この危機は突然降ってわいたものではなく、ある国の安全保障のために他の国を犠牲にすることはできず、交渉による解決への道を閉ざすような行為を全員が慎むべきだと述べた。その際中国は、国家主権と領土保全の尊重を再確認しつつ、ロシアの安全保障上の利益を支持するという綱渡りをしたのである。
しかし、驚くべきことではないが、選択を迫られれば中国はロシアの味方をするだろう。なぜなら、グレアム・アリソンの説明によれば、両国の機能的な同盟は「米国が今日結んでいる公式的同盟のほとんどより作戦上重要」だからである。
インドの棄権は中国ほど歓迎されず、また、多くのインド好きな人々を当惑させると同時に落胆させた。ウクライナのイゴール・ポリカ(Igor Polikha)駐インド大使は、インドがロシアの侵攻を具体的に強く非難するのではなく、即時停戦、対話、全当事者の正当な利益の尊重という漠然とした一般論や定型文的な声明に留まっていることに対して強い不満を表明した。インドはロシアと特別な関係があるからこそ、モスクワの政策に影響を及ぼしうる数少ない国のはずだと、大使は述べた。
インドが棄権した理由を理解するためには、ウクライナ危機にかかわるインドの複雑に入り組んださまざまな原則や利害に目を向けなければならない。これにはまず、ウクライナにいる約18,000人のインド人留学生の存在がある。電子メディアがかまびすしい昨今のインドの状況では、ニューデリーの政府も、彼らの福利と、必要であれば安全な避難に配慮しないわけにはいかない。
インドは伝統的に、かつての宗主国に対抗する途上国や、強い国に対抗する弱い国を代表して、国家主権と領土保全の不可侵性の世界的擁護者を自任してきた。ロシアの野蛮な全面的侵略は、このようなインドの外交政策の基本的価値に反する。また、インドも多くの反体制地域を抱えていることから、既存の州を分断しようとする外国勢力に対抗するという重大な実質的利益を損なうものである。従って、どれほどインドがロシアの安全保障上のジレンマに共感を抱いていても、露骨な侵略行為を支持することはない。
とはいえ、モスクワは歴史的に重要な外交上の同盟国であり、過去に何度も安全保障理事会でニューデリーを擁護してくれた。ロシアは依然、インドにとって最も重要な武器供給国であり、2016〜2020年の武器輸入総額の半分近くを占めている(また、インドはロシアの武器輸出総額の23%を占め、最大の市場となっている)。イスラエル、フランス、米国が、2位、3位、4位の供給国である。
しかし、インドは武器輸入の分散化を図ることでロシアへの依存度を低減しようとしており、ロシアが占める割合は2011〜2015年の70%から2016〜2020年の49%へと半減している。同じ5年間に米国からの輸入も46%低減し、フランスとイスラエルからの輸入はそれぞれ709%と82%増加した。また、近年ではパキスタンへの武器供給においても、中国の圧倒的なシェアに対してごくわずかとはいえ、ロシアは第2位の地位を占めている。
インドにとって、より大きな防衛および外交上の懸念は、進展するモスクワと北京の枢軸である。中国は、武器の77%をロシアから調達している。ウクライナ侵攻の直前、中国とロシアは「無制限のパートナーシップ」を発表した。これには、ウクライナと台湾におけるお互いの政策を支持することも含まれている。こういった理由から、インドは、西側諸国あるいは自国の行動がモスクワと北京の枢軸をいっそう強固にすることを警戒しているのである。
その一方でインドは、ワシントンが世界で最も重要な首都であったポスト冷戦時代、長期にわたって慎重にご機嫌を取りながら、米国の政治的友好と外交的支援を獲得し、2国間の防衛・安全保障関係を大幅に強化することに成功した。中国が相対的な権力の階段を昇り続け、それに伴っていくつかの周辺国に対して強引な姿勢を強め、好戦的な行動を取るようになったことを受けて、米国とのこの関係は重要性を増すばかりである。
インドは、広大な海域における中国の勢力範囲と影響力を抑止するためのインド太平洋地域随一のフォーラムとして、オーストラリア、日本、米国との4カ国安全保障対話(クアッド)に、引き続き重点的に投資している。インドは、中国が安全保障上の明確な脅威であり、驚くほど幅広い分野にわたってインドの最も重大な外交上の敵対国であるという地域的・世界的な新しい現実を着実に受け止めてきた。フランスは、インドにとって欧州における主要な2国間対話の相手国であり、EUと英国も引き続き全体として重要なパートナーである。
つまり繰り返しになるが、インドは、1945年以来欧州で最大の通常兵器による攻撃となったウクライナ侵攻のような、時代を定義づける可能性がある出来事への対応を調整するために、外交の針の目に糸を通さなければならないのである。
また今回の侵攻により、インドが、さまざまな国際的アイデンティティーや利害関係に結び付いた緩くつながるグループと縦横に関わりを持っていることも浮き彫りにした。そう、インドはクアッド加盟国であり、D10(10カ国の大きな民主主義国家からなるグループ構想)のパートナー候補であり、ルールに基づく秩序を強化するために貢献する能力があり、意欲がある。しかし、ロシアや中国と並んで上海協力機構やBRICSの一員でもあり、G20の一員でもあり、なかなか手が届かない国連安全保障理事会の常任理事国入りを非現実的ではあるが強く望んでいるのである。
従ってニューデリーは、今日のグローバルガバナンスを構成する参加必須の多国間グループや、様々な非公式グループへの幅広い関わりから生じる全ての圧力のバランスを適宜取らなければならない。インドが前回安全保障理事会の理事国だった10年前、リビアとシリアの危機に対するインドの投票は、賛成から反対、棄権までの多岐にわたった。その時の正確な状況や決議案の厳密な言葉遣いによっては、同じことが再び起きてもおかしくはない。
もちろん、どの国もそうであるように、インドも間違うこともあるだろう。しかし、インドの友好国は、非現実的な期待を抱くのではなく、インドの目で世界を見ようとし、インドの政策を無節操であると批判して逆効果を招くのではなく、その外交政策の真意を理解してもらえたらと思う。
ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を努め、現在はオーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長を務める。近著に「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」 (ルートレッジ社、2022年)がある。