Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ラメッシュ・タクール  |  2023年06月06日

核を巡る4つの神話

 エバット財団は、Evatt Journalを発行している。2023年4月に発行された第21号は、the Bulletin of the Atomic Scientistsが発表する有名な「終末時計」を取り上げ、「深夜0時まで残り90秒」をテーマとする特集号である(編集: ケイシー・トンプソン、ヒュー・フィリップス)。戸田記念国際平和研究所の上級研究員であるラメッシュ・タクール教授は、同号の一章を執筆し、6月1日(木)にキャンベラで開催された同誌の発行記念イベントでパネリストを務めた。この記事は、彼が行った冒頭の挨拶のテキストである。

神話1: 原爆が第二次世界大戦を終わらせた

 核兵器の有用性への信念が広く浸透しているのは、1945年に広島と長崎に原爆が投下された直後に日本が降伏したことに少なからず起因している。しかし、この時系列的接近が偶然の一致であったことの証拠は驚くほど明白である。広島は8月6日、長崎は9日に原爆が投下された。モスクワが中立条約を破棄して日本に侵攻したのが8月9日、そして東京は8月15日に降伏を発表した。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の近代ロシア・ソ連史を専門とする長谷川毅教授が、2007年にThe Asia–Pacific Journal で説得力をもって主張したように、日本の意思決定者の頭の中では、無条件降伏を決定づけた要因は、ソ連が太平洋戦争に参戦してほぼ無防備な北方から侵攻してくるという状況が差し迫っていたことである。日本が先に米国に降伏しなければソ連が占領軍となる可能性を、彼らは恐れたのである。

神話2: 冷戦中、核兵器が平和を維持した

 1945~1949年、旧ソ連は、中欧・東欧において大規模な領土拡張を行った。米国はこの時期、原爆を独占的に保有していた。冷戦中、いかなる時も、いずれの側も、相手を攻撃する意図があったものの、相手が保有する核兵器ゆえにそれを思いとどまったということを示す証拠はない。平和があれほど長く続いたことを説明する別の要因として、西欧の統合や西欧の民主化などが挙げられる。

 冷戦終結後、両サイドが保有する核兵器の存在だけでは、米国がNATOの勢力範囲を拡大してロシア国境に迫るのを止めることはできず、2022年のロシアによるウクライナ侵攻も止めることはできず、NATOによるウクライナの再軍備を防ぐこともできなかった。米ロ間の核の均衡はおおむね一定しており、地政学的情勢の変化を説明する理由としては不適当である。現在進行している米ロ関係のリバランシングを理解するには、別の要因を検討しなければならない。

神話3: 核抑止は100パーセント有効である

 核による脅しを避けるために、核兵器に関心があると公言する国もある。しかし、脅しを受けている非核保有国が核兵器で攻撃されるかもしれないという公然または暗黙の脅威によって行動を変化させた明確な事例は、ウクライナを含めて一つもない。核保有国は、武力紛争を核レベルまでエスカレートさせるよりはむしろ、非核保有国への敗北を受け入れてきた(ベトナム、アフガニスタン)。核保有国である英国のフォークランド諸島に至っては、1982年に非核保有国であるアルゼンチンによる侵攻を受けた。

 また、核兵器は、核武装した敵対国に対する防衛力として使うこともできない。核反撃による報復能力への相互脆弱性は近い将来にわたって極めて確実であるため、核兵器使用に踏み切るようなエスカレーションは、双方の国家的自殺にまで本当に至る恐れがある。従って、核兵器の目的と役割は、相互抑止のみである。

 核兵器は、1999年にパキスタンがカシミール地方のカルギルを占領するのを止めなかったし、インドがカルギル奪還のために限定戦争を仕掛けるのも止めなかった。また、核兵器は北朝鮮に攻撃免除をもたらすこともない。北朝鮮を攻撃するうえで最大の警戒材料は、通常兵器によってソウルを含む韓国の人口密度が高い地域に打撃を与える恐るべき能力と、中国がどのような反応をするかという懸念である。

 より強大な核保有敵国による通常攻撃を抑止するために、より弱い国は、攻撃されたら核兵器を行使する能力と意思があるということをより強い国に悟らせなければならない。しかし、本当に攻撃が起こった場合、核兵器の行使までエスカレートすると、最初に核攻撃をした側にとっても軍事的破壊の規模は大きくなる。より強い国はそれを信じているため、核兵器の存在は追加的な警戒を引き起こすだろうが、より弱い側が攻撃を免れる保証とはならない。パキスタンが関係しているとインドが信じている重大なテロ攻撃が再びムンバイやデリーで起これば、何らかの報復を求める圧力は、パキスタンが核兵器を保有していることへの警戒をはるかにしのぐ可能性がある。

神話4: 核抑止は100パーセント安全である

 世界がこれまで核の破滅を回避してこられたのは、賢明な管理もさることながら、それと同じぐらいに幸運のおかげでもある。1962年のキューバ・ミサイル危機がその最たる例である。誤認、誤算、ニアミス、事故のために核のホロコーストにぞっとするほど近づいた回数は、まさに驚くべきものだ。核の平和が保たれるためには、抑止とフェイルセーフ機構が毎回その都度働かなくてはならない。核のアルマゲドンが起こるには、抑止またはフェイルセーフ機構がたった1回機能しないだけでよい。これでは気が休まるどころではない。抑止の安定性は、常に全ての当事国で理性的な意思決定者が政権に就いていることに依存している。不確かな、あまり心強いとはいえない前提条件である。同じぐらい決定的に依存している条件は、血迷った発射、ヒューマンエラー、システムの誤動作がないことである。ありえないほど高いハードルだ。

 ロシアとNATO/米国との間に起こるかもしれない戦争は、最も深刻な結果をもたらすものではあるが、五つある核の火種の一つに過ぎない。残りの四つは、全てインド太平洋地域にある。中国と米国、中国とインド、朝鮮半島、そしてインドとパキスタンである。インド太平洋の多重的な核関係を理解するために、北大西洋の二項枠組みと教訓を移し替えるだけでは、分析上の欠陥を伴うとともに、核の安定性の管理をめぐる政策上の危険をもたらす。

 例えば、この亜大陸の戦略地政学的環境は冷戦時代にも類を見ないものである。三つの核武装国が互いに国境を接する三角形、重大な領土問題、1947年から繰り返される戦争の歴史、核兵器を使うか失うかを迫られる限られた時間、政治変動と政治不安、そして国家が支援する国境を越えた反乱とテロなどだ。

結論

 核兵器を支持する論拠は、核兵器の有用性と抑止論を信じる迷信的で魔術的な「現実主義」に依拠している。核兵器は、その極端な破壊性から、政治的にも道徳的にも他の兵器とは性質的に異なり、実質的に使用不可能である。裸の王様の話と似ているが、これは、なぜ核兵器が1945年以降使われていないかを説明する最も真実を突いた理由かもしれない。

 核武装国の思い上がりと傲慢さは、世界を夢遊病状態で核の災害に突入するリスクにさらすものだ。思い出して欲しい、夢遊病状態にあるとき、人は自分が何をしているか自覚していないのだ。

 核兵器の拡散、そして無責任な国家(そのほとんどは不安定な紛争多発地帯にある)による使用のリスクは、現実的な安全保障上の利益を上回る。核リスク低減に向けたより理性的で慎重なアプローチは、核不拡散・核軍縮に関する国際委員会の報告書で明らかにされた最小化、削減、廃絶を目指す短期、中期、長期の行動計画を積極的に推進し、追求するものとなるだろう。

ラメッシュ・タクールは、元国連事務次長補。現在は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、同大学の核不拡散・軍縮センター長、および戸田記念国際平和研究所の上級研究員を務める。「The Nuclear Ban Treaty :A Transformational Reframing of the Global Nuclear Order」の編者。