Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2023年05月31日

尹大統領の価値観外交の1年は合格に値するか?

Image: Paul Froggatt/Shutterstock.com

 この記事は2023年5月23日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は4月下旬、米国への国賓としての訪問を、ハーバード・ケネディ・スクールでの「自由への新たな旅」と題する演説で締めくくった。演説で彼は、反知性主義と全体主義によって自由と民主主義が危機に瀕していると論じたうえで、韓国は米国とともに価値観外交の先頭に立つと宣言した。

 尹の演説は、道徳外交のリーダーとして彼が掲げるビジョンを明らかにした。演説後の討論で、フォーラムを司会したハーバード大学のジョセフ・ナイ名誉教授も一般聴衆も、尹の価値観外交を大いに称賛した。

 著名な国際関係学者であり、クリントン大統領のもとで米国政府の要職を務めたナイは2020年に「Do Morals Matter? Presidents and Foreign Policy from FDR to Trump(国家にモラルはあるか?:戦後アメリカ大統領の外交政策を採点する)」を出版した。著書の中で彼は、第二次世界大戦以降の米国大統領の道徳外交と道徳的リーダーシップを、彼らの意図、手段、そして、意思決定の結果という三つの基準に基づいて評価した。

 初めにナイは、リーダーの意図の適切性について問うた。彼らが提示した道徳観はどれほど魅力的だったか、また、リスクを最小化して国益を最大化するよう、どれほど慎重にその道徳観を追求したか?

 第2に彼は、外交政策の手段として軍事力を行使する際、リーダーは分別をもって適正に行ったか、また、軍事力の行使に当たり国内および国際的な法と制度に従い、他国の権利を尊重したかを問うた。

 第3に、リーダーが、国民の合意と受諾、他国のグローバルな利害関係への配慮、誠実で説得力のある主張を通して、国内外で信頼を構築することに成功したかどうかを問うことにより、リーダーの外交政策の結果を評価した。

 これら三つの基準によれば、過去1年にわたる尹政権の外交政策と国家安全保障政策はどのような評価を受けるだろうか? 発足後1年そこそこの政権にナイの基準を当てはめることがどれだけ適切か分からないが、尹政権は外交政策と国家安全保障政策の基本的方向性をすでに定めており、それらの政策を迅速に実施しているところである。従って、暫定的な評価を実施することは可能なはずだ。

 まず、尹の意図の適切性を検討しよう。就任以来、彼は普遍的価値観を外交政策の基礎としている。彼は、自由、民主主義、人権、法の支配、ルールに基づく国際秩序を強調し続けてきた。

 尹の価値観志向には魅力があるが、尹がそのビジョンの追求において慎重であったかどうかを考えると話は変わる。韓国が中国、ロシア、北朝鮮に対して過度に敵対的になったり、自国の価値観を米国のそれと一致させようとしつつ、ワシントンよりさらに硬直的な姿勢を打ち出したりするなら、韓国の国家安全保障と繁栄が重大かつ本物の痛手を負うことは避けられない。尹は、慎重さという徳目で良い成績を取ることはないだろう。そのためには、彼は価値観と国益を調和させる必要がある。

 第2の基準であるリーダーの手段についても、同様の評価がなされるだろう。尹は、前政権の朝鮮半島和平プロセスを「偽物の平和」と非難し、唯一の解決策は「力による平和」だと主張している。韓国独自の抑止力を強化するとともに、米国との合同軍事演習の実施、米軍の戦略資産の前方配備、米国の拡大抑止の強化に多大なエネルギーを注いでいる。

 その一方で、戦争のリスクを最小化し、潜在的危機を管理し安定化させる見込みのある予防的外交を、尹政権が重視しているという兆候はほとんど見られない。尹は、北朝鮮の核の脅威に対して米国や日本と足並みを揃えた対応を取ることを強調しているが、交渉再開に向けた多国間外交を活用する努力は行っていない。これは、尹の外交政策のツールキットにおいて、外交的解決と武力行使の実行または威嚇との間に深刻な不均衡があることを示唆している。

 ナイによれば、大統領とは国民に代わって政策を実行する者として国民が選んだ人物であるため、外交政策には国民の合意が必要である。しかし、尹のリーダーシップを構成しているのは断固たる行動のみであり、その行動に関する国民の合意を形成しようとする努力は全く見受けられない。野党を含め、政界との協議を行わない尹の姿勢は、ほぼ前例がないと言ってよい。

 重要なことに、世界を民主主義連合と独裁主義の枢軸に二分する分断的な外交政策において韓国が中心的役割を果たすという尹のビジョンには、大きな問題点がある。そのような「われらと彼ら」的思考は、世界と地域の秩序に深刻な害を及ぼし、朝鮮半島の地政学的地位を危険にさらす恐れがある。日本との首脳外交であらわになったように、国民の納得を得ることへの無関心、一方的な行動、度重なるメッセージ管理の不徹底は、尹の信頼性と正当性を著しく損ねている。

 ナイの評価基準に基づけば、尹は就任1年目の国家安全保障政策と外交政策について高い点数を得られそうもない。ただ、韓国は北朝鮮と軍事衝突の瀬戸際にいるわけではなく、中国とロシアはまだ明白に敵対的な反応をしているわけでもないことを考えると、落第点もつけるべきではないだろう。

 しかし、価値観と国益の妥当なバランスを取り、危機管理と予防的外交に向けた新たな展望を切り開くことに、尹が苦労し続けるなら、彼の国家安全保障政策と外交政策は失敗する運命にあるようだ。

 関係者を説得し、国民の合意を形成するための忍耐強い努力がなければ、北朝鮮との関係は悪化し、韓国はブロック外交の泥沼にはまってしまう恐れがあり、それがどのような結果をもたらすかは想像もつかない。

 そして、よく覚えておくべきだが、それらの結果は、韓国の市井の人々の肩にそのままのしかかってくるのだ。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。文在寅前大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。 核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。