Climate Change and Conflict ロバート・ミゾ | 2024年06月14日
気候変動: インド総選挙に欠けていた論点
Image: Sudarshan Jha/shutterstock
インドで近頃行われた総選挙は、皮肉な様相を呈していた。6週間に及ぶ投票期間は時期が観測史上最悪の熱波と重なったが、政策論においては気候変動や環境関連の問題についてほとんど議論がなされなかった。気候は政治的なものだという考え方が、平均的なインド人の有権者、政治家、さらにはメディアにも、まだ十分理解されていないのは明らかだ。
今年(2024年)最悪の熱波は、北部インドで5月後半に記録された。ちょうど選挙の第7期と重なっており、この時期に北部の多くの地域で投票が実施された。デリーのムンゲシュプールと周辺地域では、気温が52.9℃まで上がったと報告された。しかし、インド気象局は数日後、気象センサーに不具合があったため実際の気温より測定値が3℃高くなったとする説明を発表した。いずれにせよ、熱波は大きな被害を出した。
インドにおける2024年の熱波による死者の総数は、6月初旬の時点で219人に上った。そのうち、選挙の第7期だけで少なくとも33人は選挙業務に従事した公務員やスタッフであり、倒れた原因は熱波による熱中症だった。インドの公共部門労働者は、必要な場合は選挙業務を遂行することが義務付けられている。
うだるような熱気がインド北部を包み込む一方、北東部のアッサム州、マニプル州、ミゾラム州、トリプラ州は、荒れ狂うサイクロン・レマルと闘っていた。レマルは、複数の都市に洪水を起こし、住宅を破壊し、鉄道線路を水没させ、橋を押し流し、北東部を国内の他地域から孤立させた。サイクロンがもたらした持続的な雨は、ミゾラム州で大規模な地滑りを引き起こし、少なくとも39人が死亡、数十人が行方不明と伝えられた。
マンモス選挙中にインドを襲った熱波は、投票率を低下させると見なされたという意味では懸念事項と考えられていた。多くのインドメディアは、これが選挙結果にどのように影響するか、特に与党に関する見通しへの影響を推測した。選挙管理委員会は投票日が熱波による猛暑と重ならないよう配慮するべきだったという主張も、一部にはあった。しかし、何がこのような極端な高温(またはサイクロン)を引き起こしているかについてはほとんど話し合われておらず、また、環境問題や気候変動問題に対処するという政府の責任に関する議論も全くない。それどころか、ソーシャルメディアの利用から窺える大衆の議論からもメディアの焦点からも、気候変動や環境劣化の問題は著しく欠如していた。
2大政党であるインド人民党(BJP)とインド国民会議派のいずれの選挙マニフェストにも、気候変動や環境問題への対策は盛り込まれていなかった。BJPのマニフェストには「持続可能なバーラト(インド)に向けたモディの保証」と題する項目があり、気候変動を含む環境問題に対処する幅広い計画を概説するとともに、これまでに達成したことを強調していた。会議派のマニフェストには「環境、気候変動、災害管理」と題する項目があり、特に「環境基準を策定、管理、施行し、国や州の気候変動対応計画を施行する、独立した環境保護・気候変動対策機関」を設立するという目標を掲げていた。気候変動や環境問題は、いかに形ばかりのものとはいえ、政党が訴える選挙の論点から完全に欠如しているわけではなかった。
しかし、熱中症のため、マハーラーシュトラ州で遊説中の有力な指導者が気を失ったときでさえ、選挙運動で気候変動や環境問題を取り上げた政党や政治家はいなかった。国民会議派と傘下のINDIA同盟のパートナーが、物価高、失業、縁故資本主義、汚職、そして立憲民主主義を脅かす危険という争点で投票を呼び掛けたのに対し、現政権政党は、反対勢力の主張に反論することを選挙運動の中心としつつ、少数派に対する宗教的かつ社会的感情を煽ろうとした。
明らかに政治指導者らは、気候変動が大衆を自分の陣営に取り込むために有益な論点とは考えていない。なぜなら、人々はそのような論点を求めていないように見えるからだ。ニューデリーのロクニティ発展途上社会研究センターが2024年に実施した投票前調査によれば、平均的なインド人有権者の主な関心事は、雇用、インフレ、税であった。また、2023年にデロイトがインドの若者を対象に行った調査では、インドのZ世代が、教育、失業、メンタルヘルスに次いで気候変動を4番目に大きな関心事と位置付けていることが分かった。インドのミレニアル世代は、気候変動を重大な関心事と考えているが、経済成長や失業と同じ扱いである。いまだに気候変動と環境問題が大衆の政治的思考から欠如している理由は、恐らくこれによって説明できるだろう。食料、衣服、住居のような基本的ニーズの充足に関する「ブラウンアジェンダ」と呼ばれる(かなり議論が分かれるが)ものをより重視する平均的なインド人有権者の間で、グリーンアジェンダは、恐らくまだ共感を得ていないのだろう。
しかし、より大きな構図で見ると、これはかなり危険なことである。人口の大部分が貧困状態にあり、従って気候変動に起因する災害にとりわけ脆弱であるインドのような国にとって、気候変動は存亡の危機に当たる。インドは、雇用と食料安全保障の大部分をいまなお農業に依存している国であり、その農業の繁栄は良好な気候条件に密接に依存している。気候変動に直面するなか、現在および将来世代の未来は、ひいき目に見ても不確実である。一般の国民は、自分たちの代表や政府に対し、排出、大気汚染、きれいで安全な飲用水などの環境劣化問題に取り組むことを要求し、植林計画を求め、十分な移転または代替計画がない「開発プロジェクト」のための不必要な森林伐採に抵抗する責任がある。メディアは、権力者とべったりになるのではなく、環境の状態について政府の説明責任を問い、大衆に情報を提供するべきである。インドの政治論議は、もはや宗教とカーストという誇張と対立を招く論点ばかりにとどまるのではなく、気候変動による存亡の危機と環境安全保障という課題に取り組むことが極めて重要である。インドの未来はそれにかかっている。
ロバート・ミゾは、デリー大学政治学部の政治学・国際関係学助教授である。気候政策研究で博士号を取得した。研究関心分野は、気候変動と安全保障、気候政治学、国際環境政治学などである。上記テーマについて、国内外の論壇で出版および発表を行っている。ミゾ博士は、国際交流基金(Japan Foundation)のインド太平洋パートナーシップ・プログラム(JFIPP)リサーチフェローとして戸田記念国際平和研究所に滞在し研究を行った。