Climate Change and Conflict フォルカー・ベーゲ  |  2021年08月02日

太平洋における気候変動、アイデンティティー、主権

Photo credit: Laura Island, Majuro, Marshall Islands - Coast Guard News/Flickr

 近頃、「気候変動と太平洋諸国の主権」に関するオンライン会議が開催され、太平洋環礁国に重点を置いてアイデンティティーと主権の問題が議論された。環礁国であるツバル、キリバス、マーシャル諸島から、政治家、学識者、市民社会の代表者が出席し、彼らの経験、見解、政治的取り組みについて講演した。フィジーとオーストラリアからも、法律や政策の専門家が出席した。

 明らかになったことは、太平洋の視点から見て、文化的アイデンティティーと政治的・法的主権の問題は、密接に絡み合っているということである。太平洋の人々の生活は、土地との結び付き、生まれた場所との結び付きを中心に回っている。土地は、単なる地理的な場所や売り買いできる経済的資産ではない。文化的、精神的な意味がしみ込んでいるのである。個人の土地所有権というものはなく、コミュニティーが土地の管理者である。人々と土地は一体であり、太平洋地域の多くの言語で、「土地」と「人々」という言葉は同じである。

 ツバル、マーシャル諸島、キリバスからの発表者は、土地が持つこのような精神的・文化的意義が、気候変動に関する国際的な議論や交渉の場では十分に理解されていないと述べた。マーシャル諸島の詩人であり気候変動活動家であるキャシー・ジェトニル=キジナーは、太平洋島嶼民にとって文化的な権利が重要であることを強調し、また、文化的権利に対し人権という文脈で本来与えられるべき重みが、国際レベルではあまり与えられていないと不満を示した。ツバルNGO連合理事のマイナ・タリアは、人権を個人の権利と考えるのが主流の西洋的概念と、共同体の権利に重点を置く太平洋の考え方を対比した。共同体主義は、太平洋の文化的アイデンティティーの中心にある。気候変動は、人と土地の結びつきを破壊し、ひいては土地に根差した共同体主義と文化的アイデンティティーを破壊する恐れがある。

 このような世界観は、例えば損失と損害の概念において、根本的かつ実際的な意味を持つ。文化的な損失と損害は、極めて重要性が高い。また、気候変動に起因する移住、転居、強制退去といった形で現れる人の移動にも影響が及ぶ。一方では、移住や転居を便利な気候変動適応策として、あるいは「最後の手段」の適応策として提示する浅薄なその場しのぎの姿勢は、太平洋の社会文化的な文脈においては何の解決にもならないことが明らかになった。人々は、自分たちの子どもやその子どもも故郷の島に残る権利を強く求めている。

 このメッセージを環礁国の代表者らは繰り返し強く訴えた。オーストラリアのトレス海峡にあるマシグ島の先住民・気候変動活動家であるイェシー・モスビーも、自分にとってマシグ島は故郷であり、人生であり、母である。自分も仲間も、気候難民にはなりたくないと、これに共鳴した。

 一方で、発表者たちは、低地環礁島が居住不可能になり、あるいは海に水没し住民は移動する以外に選択肢がないという状況に備えて、「プランB」を用意する必要があるという議論も行った。そのような移動は、技術的、社会的、政治的な課題であるだけでなく、根本的な文化的かつ精神的影響も伴う。これに関連して、タウキエイ・キタラ(ツバル出身で現在はオーストラリア・ブリスベン在住)は、太平洋島嶼民は土地との深い結び付きを持っているだけでなく、大海原を越えての移動や航海の長い歴史を持っていることを指摘した。気候変動という新たな状況の下で、この伝統をいかに生かすかを模索することが今後必要になる。

 太平洋教会協議会事務局長のジェームズ・バグワン牧師もこの点を取り上げ、聖書に出てくる移住の物語を引き合いに出し、議論を「追放(exile)」から「脱出(exodus)」へ、移住先での新たな故郷構築へと切り替えることを提案した。彼は、ニュージーランド、オーストラリア、その他の環太平洋諸国などに在住する太平洋出身者のコミュニティーが、母国の人々が移住しなければならない場合、将来に対する責任を引き受けるという役割を担うことを指摘した。マイナ・タリアは、ニュージーランド在住のツバル人たちが、故郷を離れても「故郷」に不可欠な要素を再構築することができた例を挙げた。とはいえ、今日ニュージーランドに在住するツバル人たちは、いまなお「本物」のツバルを「基準」としていると彼は付け加えた。もはやそれがかなわなくなったとき、状況は根底から変化するだろう。

 また、環礁国が居住不可能になり水没するという見通しは、重大な政治的疑問や法的疑問をも投げかける。領土を失ったとき、これらの国は主権国家として存続することができるのだろうか? 海面上昇に直面して、領海や排他的経済水域(EEZ)はどうなるのだろうか? 気候変動に起因して国外避難した人々の権利は、どのように確保され得るのだろうか?

 これらの問いに、環礁国、フィジー、オーストラリアの政治指導者や法律専門家が回答した。ツバルのサイモン・コフェ外相は、既存の国際規則・規制や国家の慣行を再解釈するか、国際法の枠組みを変更するという、二つのアプローチを提示した。同外相は、たとえ領土が失われたとしても、ツバルは国際社会に対し、その主権国家としての地位と領海を認められなければならないと主張していくことを明確に示した。国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)の気候変動移住プログラム(Climate Change Mobility Programme)のピーター・エンバーソンは、安全な移住経路を確立すること、国境を越える移動、特に太平洋の地域レベルの移動を強いられる人々の権利を保護することの必要性を強調した。これは、太平洋地域の連帯に課題を突きつける。言葉で連帯を宣言するだけではなく、実際的な対策を講じなければならない。この点を、スバの南太平洋大学で講師を務めるタミー・タベは説明し、数十年前に彼女のコミュニティーがギルバート諸島(現在のキリバス)からソロモン諸島へと地域を越えた移転を余儀なくされたいきさつを語った。ブリスベンのグリフィス大学ロースクールのスーザン・ハリス=リマーは、気候変動により脅かされている人々の権利と国家主権を確保するために浮上している選択肢を論じた。彼女は、自然の権利、世代間の権利、「エコサイド」をめぐる議論の最新情勢について述べた。また、気候非常事態という観点から文化的権利をさらに発展させなければならないと繰り返し訴え、今日の国際法は気候変動以前の時代に策定されており、気候変動の課題に適合していないと述べた。

 国際法と気候変動政策を発展させるべき方向性についても、議論を行った。オーストラリア国立大学(ANU)気候政策・法律センター(Centre for Climate Policy and Law)のイアン・フライは、現行の国際的な資金援助が気候変動に直面する環礁国に対応するには不十分であるため、特別な国際基金(「気候変動連帯基金(Climate Change Solidarity Fund)」)を設立する必要があること、また、気候変動により立ち退きを余儀なくされた人々を保護する国際的な法体制を創出する必要があり、それは最低限でも人々の国籍と文化的アイデンティティーを維持する権利を保証しなければならないことを強調した。

 この会議は、政策立案者、学識者、活動家の間だけでなく、恐らくより重要な環礁国からの参加者や海外に移り住んだ仲間たちも加えて意見交換する素晴らしい場を提供した。

2021年7月22日と23日に開催されたこの会議は、クイーンズランド太平洋諸島評議会(Pacific Islands Council of Queensland: PICQ)、地球の友(FoE)オーストラリアとその傘下のブリスベン気候フロントラインズ(Brisbane Climate Frontlines)のネットワークによって開催された一連のイベントの第3回である。会議の動画議事録は、PICQおよびFoEのウェブサイトで公開される予定である。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、ハイブリッドな政治秩序と国家形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。