Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ  |  2024年03月01日

地上軍を?

Image: DarSzach/shutterstock.com

 2024年2月の第4週、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の招きにより、ウクライナの支援について話し合う国際会議がパリで開催された。会議が開かれた理由は、ロシアの侵略が成功するかもしれないという懸念の高まりである。西側諸国の戦争疲れ、ウクライナへの支援物資の不足、米議会における軍事支援停止、わずかではあるがロシアの領土獲得など……マクロンは、ウクライナへの支援継続について団結を示すことにより、シグナルを発信したいと考えた。彼は、「何も排除するべきではない」と主張した。このような戦略的曖昧さによって、マクロンは、NATOがどのような反応をし得るかについてロシアに不透明感を抱かせるという周到なアプローチを用いたのである。

 パリ会議は、閉会後の記者会見でマクロンがはNATO加盟国からウクライナへの派兵もあるかもしれないという可能性を排除しなかったことで騒々しく幕を閉じた。この発表は、さまざまな理由からEUとNATOに大きな苛立ちを引き起こした。フランス大統領の発言は、同盟政策、安全保障政策、法的効果という異なる観点から考えることができる。

 同盟政策という点では、この発言はEUにおいてもNATOにおいても、ウクライナを支援する国々がコンセンサスを示したいと思ったまさにそのときに、激しい論争が勃発したということを意味する。この2年間、西側諸国は支援の規模を拡大してきた。ことによるとマクロンは、NATOがどこまでやるつもりがあるかを探る観測気球としてこの発言をしたのかもしれない。しかし、この提案によってマクロンは、NATOの原則の一つに問いを投げかけている。NATOとその加盟国は、どんなときも直接的な関与を避けようとしてきた。マクロンの先の発言は、これと矛盾するものである。NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長、米国のジョー・バイデン大統領、ドイツのオラフ・ショルツ首相ら加盟国首脳のほとんどはマクロンに驚かされた。

 その対極にあるのは、ドイツである。巡航ミサイル「タウルス」の供与によるウクライナ支援に尻込みし、消極的であるとして非難されていたショルツ首相は、パリ会議の前日、ドイツとウクライナの批判者に対して、ドイツは今後もウクライナに多くの支援を行うが、巡航ミサイル「タウルス」は供与しないと述べた。理由は、ウクライナが防衛のために緊急に要求した長距離兵器システムを使用するには、ドイツの技師と兵士をウクライナに配置する必要があるからである。ショルツによれば、ドイツはこのような直接関与のリスクを冒すわけにはいかない。どうやらマクロンとショルツは正反対の方向に向かっているようだ。

 そのため、ウクライナへの連帯と支援国間の協調が必要とされるときに、EUのモーターと称されることも多い独仏関係がぎくしゃくするという結果になっている。パリ会議は、同盟の結束と決意を示すはずだった。クレムリンは、それとは正反対のシグナルに気付いて、ほくそ笑んだことだろう。

 NATOの欧州国の間で考え方が異なる根本的理由は、マクロンが長年にわたりEUの戦略的自律の強化を訴えきてきたという事実に主に見られる。彼がこの考えを初めて明確に表明したのは、2017年にソルボンヌ大学で行った演説の際である。欧州の共同防衛、欧州軍、欧州の軍需産業、そして欧州の核兵器保有論の検討といった遠大な理念を掲げるマクロンは、EUのいたるところで賛同を得ているわけではない。トランプの有無にかかわらず米国による安全保障の保証が決め手になると考える者もいる。

 安全保障政策という点では、将来的に何も排除するべきではないというマクロンの介入は、戦略的曖昧さという概念を強調するものである。ロシアは、NATOがどのように反応するかについては分からないままにされる。プーチンは、戦争の成り行きによってはNATO加盟国からの派兵があるのかないのか、予測することができない。これは、ジョー・バイデン、そして彼に賛同したNATOが排除したこととは正反対である。レッドラインは、「地上軍の派遣はない!」だった。

 しかし、安全保障政策という観点から見ると、マクロンの立場は論理的で一貫性がある。以前より繰り返し強調されていたように、ウクライナで欧州の安全保障と欧州の価値が防衛されるということが真実であるなら、絶対にロシアをこの戦争に勝たせてはならない。これは、ウクライナと欧州の両方の利益である。なぜなら、ウクライナでロシアが勝利した場合、欧州のNATO加盟国もリスクにさらされるからだ。マクロンの考え方は、影響を及ぼしている。ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞」は、マクロンの提案を次のように解釈した。われわれは「ショルツが約束したように、必要な限りキエフを支えなければならないだけではない。ありとあらゆる手段を使ってキエフを支える必要がある。例えば、首相が供与したがらない長距離兵器などだ。最悪の場合、地上軍もありえる」。

 戦略的曖昧さという概念は、核兵器による抑止シナリオに由来する。しかし、抑止論者によれば、抑止が機能するのは、脅威が確かにあるという信憑性がある場合のみである。地上軍の配備についても、同じことがいえる。フランス大統領は本気で提案をしているのか、そして、他のNATO加盟国も説得できると思っているのか? 現時点での答えは、「あり得ない」である。

 マクロンの提案を実施した場合、その法的影響はどのようなものになるか? 国家は、いつ法的に参戦したといえるのか? 自国の軍隊で闘っている国家は、紛争当事者と見なされる。 NATOがウクライナに派兵した場合、NATOは明らかに戦争当事者である。西側諸国の協力は徐々に拡大し、強化されてきた。ウクライナに重火器を供与するべきか否かについて、長期にわたる激しい議論があった。この問いについては肯定的な答えが出されて久しい。

 例えばロシアの防衛線や補給線の偵察など、どこまで支援すれば戦争に参加したといえるのだろうか? 西ヨーロッパでウクライナ兵に重戦車の訓練を行うのは参戦だろうか? 戦争勃発当初からウクライナが求めている飛行禁止区域の設定が依然として「絶対にノー」、レッドラインとされているのに、なぜ、大規模な武器供与が今や必要と見なされているのか? 法的観点から見た場合、「ユス・アド・ベルム」(戦時国際法)によれば、たとえNATO加盟国がウクライナの自衛のための紛争に参加した場合でも、ロシアは彼らに武力を行使する権利を持たない。ドイツ・ハイデルベルクのマックス・プランク比較公法・国際法研究所の研究員、アレクサンダー・ヴェントカーは、「他の国家は、ロシアの武力攻撃に対する集団的自衛として合法的にウクライナを支援することができる……」と、説得力のある主張を行っている。

 しかし、直接関与することをためらう主な理由は、武器供与、軍事援助、飛行禁止区域、あるいは地上軍派遣への関与の法的効果という問題ではない。2年前のロシアの侵攻以来、NATOとEUの加盟国は、西側の関与に対するロシアの認識とエスカレーションのリスクに関する懸念を表明している。ロシアに直接参戦国と見られるのは避けたいということだ。にもかかわらず、NATOが派兵すれば、ロシアがそれをさらなるエスカレーションの口実とすることが予想できる。ロシアは、飛行禁止区域の宣言やウクライナにNATO諸国の空軍基地の使用を許可することについて警告を発している。過去2年間の経験から、ロシアが核兵器使用の脅しをかけることすらいとわないことは分かっている。

 現在の議論は実のところ、ウクライナを守る正しい方法という意見の分かれる概念に関するものだ。その焦点は主に、軍事的手段やこの戦争において起こり得るエスカレーションにある。その一方で、ディエスカレーションを模索する努力、紛争を解決するための協議開始の可能性を探る努力は、完全に考慮から除外されたわけではないとしても、陰に押しやられている。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際紛争研究センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF: Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。Internationalizing and Privatizing War and Peace (Basingstoke: Palgrave Macmilan, Basingstoke, 2005) の著者。