Cooperative Security, Arms Control and Disarmament ハルバート・ウルフ  |  2021年02月25日

「西側の消失を超えて」: 「落ち着きのない」ポスト・トランプ秩序?

Image: Simon Dawson/Flickr

 ミュンヘン安全保障会議(MSC)は数十年間にわたり、論争を呼ぶ安全保障問題をめぐる対話を主に行う場所となっている。イランの核開発計画や、イスラエルとパレスチナ、アメリカとロシアのような不仲の国同士の協議など、複雑な問題が議題となり、公開または非公開で議論されてきた。MSCには、これまで多くの大統領、首相、外相、防衛相が出席している。2021年2月19日に開催された第57回会議は、過去56回の会議とはまったく異なるものだった。少なくとも二つの理由から、完全に違うものとなった。第1に、コロナ禍のため一日だけのオンライン会議となった。会議はライブ中継され、直接顔を合わせた機微のある対話や繊細な問題の考慮は不可能であった。第2に、驚くべきことに、大西洋地域の指導者と西側機関のリーダーのみが招待された。例外はアントニオ・グテーレス国連事務総長である(とはいえ、彼も西洋人である)。参加者の話題は、やや特異的に大西洋地域即ち西側の内政問題に集中した。

 議題は幅広い問題にわたった。当然ながら、会議のほぼすべての発言が新型コロナウイルス対策に関係するものであり、可能なすべての手を打つという約束がなされた。しかし、豊かな国々が我先に十分な量のワクチンをかき集めようと激しい争奪戦を続ける一方で、西側のリーダーたちは会議で再び、世界の他の国々も忘れられてはいないという慈悲深い約束をした。

 気候変動にも触れられた。安全保障への取り組みを拡大するということは、気候変動がもたらす安全保障上の影響にも対処するということであり、NATOの2030ビジョンにおいてもこれが論点となっている。イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長の言葉を借りれば、「気候変動は危機増幅要因であり、脅威を生み出す」ということである。しかし地球気候の破滅的変化を逆転させるための修復手段については、何の知見も提示されなかった。海面が上昇し続け、NATOの海軍基地が影響を受けるようになったら、対策が講じられるのかもしれないが。

 MSCで中心的な話題となったのは、西側の復活、大西洋コミュニティーの再生ということである。発言者全員が、過去4年間に同盟が体験した政治的迷走から脱却できたことへの安堵を隠そうとしなかった。トランプのことは忘れよう! 「西側の消失を超えて」、西側の自ら招いた弱さを克服する。それが今年のモットーとなった。外交が可能になり、協調が復活し、大西洋同盟は再び世界的課題に取り組むことができるようになった。「アメリカ・イズ・バック」と、ジョー・バイデンは繰り返した。アンゲラ・メルケルは、アフガニスタン、リビア、あるいはマリへの軍事的関与に加え、NATOの防衛費をGDP比2%とする目標を達成するために引き続き懸命に取り組むと約束した。エマニュエル・マクロン仏大統領は、欧州の「戦略的自律」を達成し、EUが主要な役割を担い、欧州近隣国の地域紛争に対処する新たな安全保障体制の創出を望んでいる。EU委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、EUの国境を超えた防衛に関与する用意があることを示唆した。イェンス・ストルテンベルグは、NATOとEUがライバルではなく協調的パートナーであることを全員に保証した。そして、昨年EUを離脱した「グローバル・ブリテン」は、史上最大の防衛予算によって「われわれの価値」を守るために重要な役割を果たすだろうと、ボリス・ジョンソンは述べた。

 ロシア、中国、インド、サウジアラビア、ブラジルといった他国のリーダーや、イエメンの反目し合う派閥、不仲の“アフリカの角”諸国、ミャンマーの抗議活動家などとの対話、会話、論争は、議題にならなかった。NATO史上唯一の実戦であるアフガニスタンでの戦争は失敗に終わった。20年が経った今、米国も他の同盟国も、どうしたら体面を失わずに手を引くことができるかの答えを見つけられずにいる。会議でこの話題がほぼ回避されたのも不思議ではない。それは、大西洋コミュニティーの新たな常態を見いだしたばかりの幸せと喜びに、水を差しかねないからである。

 あからさまに欠如していた話題は、軍縮と軍備管理である。グテーレス国連事務総長は繰り返しグローバル・ガバナンスを呼びかけ、世界的停戦によって兵器を管理下に置き、仮想敵国と交渉することを提案したが、彼の短い発言を除き、誰も軍備管理に言及しなかった。それどころか、すべての発言者が軍事力を強化する必要性を強調した。NATO事務総長は、「中国の台頭、高度化するサイバー攻撃、破壊的技術、気候変動、ロシアの破壊的行動、継続するテロの脅威」と問題を数え上げることによって、基調を方向づけた。軍縮と軍備管理は現在、意味が通じない用語になっているようだ。軍備管理の惨憺たる状況については、米露政府間で微妙なシグナルがあった以外は、会議で話題とならなかった。人々が目にすることができたのは、仮想敵国同士の対話ではなく、たくさんの肩の叩き合い(もちろんバーチャルで)である。スクリーンに映るフレンドリーな表情や嬉しそうに立てた親指、心強いコメントは、西側にとってリセットボタンが押されたことを高らかに告げていた。もちろん、過去4年間の信頼性と一貫性に欠ける政策よりも、予測可能な政策と国際基準の受容のほうが好ましいことは間違いない。

 しかし、防衛予算を大幅に増やし、地政学的競争に耐え得るようにすることが、西側の唯一の答えなのだろうか? どうやら、コロナ禍の打撃にもかかわらず、優先順位は変わっていないようだ。世界の軍事費は新たなピークに達している。世界所得に対する軍事費の割合は、2020年に2.3%に達した。1人あたりでは250米ドルに達し、かつてないほど高くなった。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによれば、世界の軍事費は2兆米ドル近くに達した。増加した理由の一つはコロナ禍である。世界所得は減少したが、その一方で、各国が経済復興策として軍備調達を拡大したためである。中国、インド、サウジアラビアといった国の軍事費が近年急速に増加しているものの、NATO加盟30カ国は、依然として世界の軍事費の約60%を占めている。フランス、ドイツ、イタリア、英国の欧州4カ国だけでも、世界の軍事費に占める割合はおよそ5分の1に達する。世界の武器移転は、再びスピードを上げている。

 コロナ禍のまっただなかで、今は、さらなる軍事力のために投資するべき時だろうか? 致死率の高いウイルスは、特に米国と西欧諸国で猛威をふるっている。その状況で、これらの国のリーダーたちは、新たに見いだされた復古的な米国主導の欧州中心主義、すなわちポスト・トランプ体制をたたえている。彼らが物理的に一堂に会することができないという事実は、これがもっか最も差し迫った危機に対していかにちぐはぐであるかを物語っている。われわれは冷戦時代に戻ってしまったのだろうか? 西側と東側が武力や兵器に多額の資金を費やし、最終的にはソ連が経済的負担に耐えかねて崩壊したあの時代に? 一方が行動すると他方がそれに反応するという、歴史のあのような側面からわれわれは学ばなかったのだろうか? ミュンヘン安全保障会議が他の選択肢を何ら示さなかったことは間違いない。今必要なことは、国連とG20における防衛費削減の取り組みであろう。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。