Climate Change and Conflict ニック・ケリー/マーカス・フォス  |  2022年11月21日

太平洋の一国がメタバースに自らをアップロードする

 Image: Romolo Tavani/ Shutterstock

 この記事は、2022年11月17日に「The conversation」で発表されたもので、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下、許可を得て掲載しています。

それは絶望的な計画だが、隠されたメッセージがある。

 太平洋の国ツバルは海面上昇という存亡の危機に対応するため、メタバースに自国バージョンを作成することを計画している。ツバルのサイモン・コフェ法務・通信・外務大臣は、COP27で各国首脳に向けて戦慄的なデジタル演説をして、この発表を行った。

 ツバルの美しい島々を再現し豊かな文化を保存するために、メタバース上にツバルのデジタルツインを構築するというもので、「最悪のシナリオ」を考慮した計画だという。

 この結果の悲劇性はいくら誇張しても、し過ぎることはない [中略] ツバルは、世界で初めてサイバースペースのみで存在する国となる可能性がある。しかし、地球温暖化に歯止めがかからなければ、その最後の国にはなりえないだろう。

 この考え方は、ツバルの国民が別の場所での生活を余儀なくされる中、メタバースによってツバルが”主権国家として完全に機能”できるようになるかもしれないというものである。

 ここには二つのストーリーがある。一つは、太平洋の小さな島国が存亡の危機に直面し、テクノロジーによって国家としての存続を図ろうとするものである。

 もう一つは、ツバルにとって当然望ましい将来は、気候変動による最悪の影響を回避し、地上の国家として自らを維持することである。その場合、これは世界の注目を集めるための方法になるかもしれない。

メタバース国家とは何か?

 メタバースとは、拡張現実や仮想現実が日常生活の一部となる、急成長する未来の姿のことである。メタバースがどのようなものかについては多くのビジョンがあり、最もよく知られているのは、Meta(旧Facebook)のCEOであるマーク・ザッカーバーグによるものである。

 それらのビジョンのほとんどに共通するのは、メタバースとは相互運用可能で没入感のある3D世界であるという考えである。永続的なアバターは、物理的な世界で部屋から別の部屋に簡単に移動するのと同じように、ある仮想世界から別の仮想世界に移動する。

 その目的は、良くも悪くも、現実と仮想を区別する人間の能力を曖昧にすることである。

 コフェは、ツバルの国家としての三つの側面がメタバースで再現される可能性を示唆している。

  1. 領土―ツバルの自然の美しさを再現し、さまざまな方法で相互交流することが可能
  2. 文化―ツバルの人々がどこにいても、共有する言語、規範、習慣を維持する方法で相互交流する能力
  3. 主権―もしツバル政府が主権を有する地上の土地が失われた場合(想像を絶する悲劇だが、彼らは想像し始めている)、代わりに仮想の土地に主権を有するというものだが、果たしてできるだろうか?

それは可能か?

 ツバルの提案が気候変動の危険性を象徴するだけではなく、実際に文字通りのものである場合、それはどのように見えるだろうか。

 技術的には、ツバルの領土を美しく、没入感のある豊かな表現で再現することは、すでに十分に容易である。さらに、何千もの異なるオンラインコミュニティーや3D世界(Second Lifeなど)は、独自の文化を維持することができる、完全に仮想の双方向スペースを持つことが可能なことを示している。

 ツバルの「デジタルツイン」のために、これらの技術力とガバナンスの特徴を組み合わせるというアイデアは、実現可能である。

 これまでにも、政府が位置情報に基づく機能を取り入れ、それらの仮想アナログを作成する実験が行われてきた。例えば、エストニアのeレジデンシー(電子住民)プログラムは、エストニア人以外の人々が会社登記などのサービスを利用するために取得できるオンライン専用の在留形態である。他の例としては、オンラインプラットフォームのSecond Lifeに仮想大使館を設置している国がある。

 しかし、国全体を定義する要素をまとめてデジタル化するには、技術的、社会的に大きな課題がある。

 ツバルには約12,000人の国民しかいないが、これだけ多くの人々が没入型の仮想世界でリアルタイムに相互交流するには技術的な課題がある。帯域幅、計算能力、そして多くのユーザーがヘッドセットに嫌悪を感じたり、吐き気を催したりするという事実も問題である。

 いまだ誰ひとりとして、国民国家を仮想世界にうまく変換できることを証明できていない。たとえそれが可能であったとしても、デジタル世界は実際の国民国家を不要なものにするという意見もある。

 ツバルがメタバースにデジタルツインを作るという提案は、瓶にメッセージを入れて流すようなもので、つまり悲劇的な状況への必死の対応である。しかし、ここにも暗号のようなメッセージがあり、気候変動による損失への対応として、仮想世界へと退避することを考える人もいるだろう。

メタバースは避難所ではない

 メタバースは、サーバー、データセンター、ネットワークルーター、デバイス、ヘッドマウントディスプレイなどの物理的なインフラの上に構築されている。これらの技術には全て隠されたカーボンフットプリントがあり、物理的なメンテナンスとエネルギーを必要とする。 「ネイチャー」誌に掲載された研究によると、インターネットは2025年までに世界の電力の約20%を消費すると予測されている。

 気候変動に対応するためのメタバース国家という考えは、まさに私たちをここまで追い詰めた考え方である。「クラウドコンピューティング」、「仮想現実」、「メタバース」などの新しいテクノロジー周辺で用いられている言葉は、クリーンで環境に優しいという印象を与える。

 このような用語には「技術解決主義」と「グリーンウォッシング」があふれている。だがこれらは、気候変動に対する技術的な対応がエネルギーや資源を大量に消費するため、しばしば問題を悪化させるという事実を隠している。

では、ツバルはどこへ向かうのだろうか?

 コフェは、メタバースがツバルの問題に対する答えではないことを十分に認識している。彼は、化石燃料不拡散条約などのイニシアチブを通じて、気候変動の影響を軽減することに焦点を当てる必要があると明言している。

 ツバルがメタバースに移るという彼の動画は、挑発として大成功を収めている。COP26の際に、上昇する海水の中で膝まで浸かりながら行った心打つ訴えと同じように、世界中に報道された。

 しかし、コフェは次のように提案する

 グローバルな良心と、私たちが共有する幸福へのグローバルなコミットメントがないのなら、世界の他の国々も、自分たちの土地が消滅するにつれて、わが国の仲間にオンラインで加わることになるかもしれません。

 メタバースへの移行が気候変動に対する実行可能な対応策であると、暗黙のうちに信じ込むのは危険である。メタバースは、仮想博物館やデジタルコミュニティとして遺産や文化を存続させるのには確かに役立つ。しかし、国民国家の代用としては機能しそうにない。

 いずれにせよ、インターネットを機能させるための土地、インフラ、エネルギーの全てがなければ実現しないことは確かである。

 同報告書に記載されているツバルの他のイニシアチブに国際的な関心を向ける方がはるかに良いだろう。

 このプロジェクトの最初の取り組みでは、ツバルの価値観である「オランガ・ファカフェヌア(共同生活システム)」「カイタシ(共有責任)」「ファレピリ(良き隣人であること)」に基づく外交を推進しており、これらの価値観が気候変動と海面上昇に対処し、世界の幸福を実現するための共有責任を他の国々に理解してもらう動機付けとなることを期待している。

 ツバルから発せられた瓶のメッセージは、メタバース国家の可能性についてのものでは全くない。メッセージは明確である。すなわち、共同生活システムを支援し、責任を共有し、良き隣人となることである。

 このうちの一つ目は、仮想世界に変換することができない。二つ目は消費を減らすこと、三つ目は注意を払うことをわたしたちに求めている。

ニック・ケリーは、クイーンズランド工科大学インタラクション・デザインの上級講師。

マーカス・フォスは、クイーンズランド工科大学都市情報学教授。